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ワクチンは善か悪か

教養レディオです。通勤通学の隙間時間に聞き流しお願いします。今回のテーマは、ワクチン。

【はじめに】

みなさんはワクチンの予防接種を受けていますでしょうか。SNSを中心に触れる機会が多い「ワクチンの危険性」。ワクチンに含まれる危険な添加物、接種後の後遺症、製薬会社の利権。ワクチン反対派の主張は数多くあります。ワクチンは私達を病から遠ざける救世主なのか?はたまた病気へといざなう悪魔なのか。多くの情報は私達を悩ませます。私達は専門家ではありませんから、何が真実かを判断することが難しいですよね。しかし真実がわからなくても自分の意思で決定することはできます。さらに言えば自分の意思で決めなければならない時代になってきました。氾濫する情報に溺れないための視点をもち、あなたが意思決定するための一助として、ある書籍の内容をもとに解説していきます!それではいきましょう!

今回参照した書籍は、ポール・オフィットさんの「死に至る選択」という書籍です。こちらの書籍では、ワクチン反対運動の源流、その経緯、ワクチン接種と後遺症との因果関係に関する研究結果などを紹介しています。本書はワクチン接種をしないという選択が、死に至る選択なんだという一貫した姿勢によって構成されています。ワクチン市場における利権など、ワクチン自体の品質とは別に語られるべき論点というのはたくさんあるかと思いますが、今回はワクチンが我々を救うものなのか、はたまた病気を引き起こしてしまう悪いものなのかということを、社会運動や一部の医師とメディアの偏向報道によって歪められた事例を、本書をもとに解説していきます。1970年代以降のイギリスとアメリカの反ワクチン運動の事例を軸に語られる本書の内容は、日本におけるSNSを中心としたワクチン反対派の主張や運動を読み解く上で参考になるばかりか、大衆がワクチンへの恐怖や疑念を抱くメカニズムが1970年代のイギリス、アメリカと全く同じであることに気づかされることでしょう。今回紹介する書籍の内容は、数ある意見のほんの一部です。あなたがワクチンに対する姿勢を固められる一因になれば幸いです。それではいきましょう!

まず著者のポール・オフィットさん。彼は1951年に生まれ、感染症、ワクチン、免疫学、ウイルス学を専門とする小児科医であります。ロタワクチンの共同開発者の一人であり、アメリカ屈指の名門小児科病院であるフィラデルフィア小児科病院で長らく感染症部長を務めた国際的に著名な人物であり、今回紹介する「死に至る選択」のほか、「予防接種は安全か」「代替療法の光と影」などの書籍を出版しており、専門知識のない大衆が迷いがちなテーマに対して、現代医療の立場から科学的知見をもとに情報発信している方であります。このようなスタンスから、ワクチン反対派から敵とみなされ名指しまでされて徹底的に攻撃されている人物でもあります。

私達は情報を判断するとき、情報発信者の権威を重要視しますよね。あなたが友人に何かを説明するとき、「教養レディオで言ってた!」と言っても鼻で笑われるでしょうが、◯◯病院の◯◯医師がワクチンの危険性を話していた!と言えば多くの人が信じるでしょう。しかし専門知識を持たない我々が真実に近づくためには、情報の権威性ではなく、事実のみを持って判断することが重要でしょう。そのような視点で、本書を読み解いていきたいと思います!

ワクチンに疑いを抱く人々が不安に感じるのが我が子へのワクチン接種でしょう。生後2か月から始まるワクチン接種のオンパレードは、子供を持つ親である人ならば、こんなに打たなきゃいけないの!?と思った方は多いと思います。ヒブ、肺炎球菌、b型肝炎、四種混合、結核、麻疹、風疹、日本脳炎。10種類以上のワクチンをものによっては数回接種することが推奨されているんです。

ワクチン反対派は、幼い我が子に、危険な添加物が入っているとするワクチンを何度も接種することに懐疑的なようです。ワクチンは100害あって1利ない。さらに接種後重篤な副反応を示した症例があるから、ワクチンは病気を予防しているどころか病気を引き起こしている、というのがワクチン反対派の主な主張ですよね。

しかし本書で語られるのは、小児科医である著者の立場から、ワクチンを打たないという選択が、「死に至る選択」なんだと言っています。根拠のない薬害説、それを煽りたて偏向報道に終始するメディア、訴訟により過度に縮小させられたワクチン市場などの社会減少を解説しているのです。ワクチンについての書籍なので、医学的なハナシは当然出てきますが、この書籍は社会学の本と言えると思います。

ワクチン反対派の運動と、それに抗う医師たち。そしてその対立の間に取り残された子供たち。本書では主に1970年代以降のイギリス、アメリカのワクチン反対運動を詳細に解説しているのですが、いま日本でも語られているワクチンへの恐怖の源泉を解説しています。

さて、ワクチンに含まれる有害物質、後遺症、製薬会社の利権、ワクチンに含まれるナノマシンによる国民の支配的管理などという陰謀論に至るまで、ワクチン反対派の意見はSNSを中心に数多くかたられていますよね。個人的印象ではその多くが自然派、マクロビオティック、スピリチュアル、ニューエイジ、左翼思想、政権批判などの属性と親和性が高いと感じます。既存の宗教に捉われず、自分たちの信じたいものを信じるというニューエイジに代表される価値観こそが、無自覚な新興宗教であると個人的には感じます。これは決して批判ではありません。思想や価値観は自由であるべきです。しかし信条にいたるに十分な事実や根拠がなければ、ワクチンを無思考的に肯定することも批判することも、どちらもプロパガンダに扇動されていることと本質的には同じなのではないでしょうか。私たちを含む大衆というものはワクチンを正義か悪かの二元論で語りたがります。しかし私たちは、ワクチンというものの歴史やワクチンが感染症の予防にどのように効果的なのか、感染症の脅威や歴史、ワクチンにはどのようなものが含まれているのか、どのような副反応をどの頻度で起こしうるのか、ワクチン市場の実態などを総合的に判断しなければなりません。

私が過去紹介したプロパガンダに関する動画にもあるとおり、安易な二元論は私たち大衆から考える力を奪い、わかりやすい情報だけが支持される情報リテラシーの低い社会を形成してしまいます。アメリカも日本も民主主義国家である以上、国民の情報リテラシーの低下はプロパガンダの横行を招き、恣意的な情報によって大衆が思想誘導されやすくなってしまいます。大衆扇動についての議論は、長くなるので概要欄にリンクを貼っておきますのでお時間あればそちらも参照願います。二元論に陥らないためには、事実こそが重要です。これは科学的視点とも言えるでしょう。本書から学べるのはもしかしたら、ワクチンの是非ではなく、「事実を重視する」という姿勢そのものなのかもしれません。それではいきましょう!

【感染症の再流行】

まず本書でかたられるのは、様々な感染症の流行です。ワクチン接種によって激減したはずの感染症が、にわかに再流行をはじめているのだそうです。ヒブ感染症って聞いたことありますでしょうか。インフルエンザ菌b型を原因とする感染症で、重篤化すると肺炎、髄膜炎、敗血症を引き起こし、5歳未満の子供たちにおいて注意が必要な感染症です。子供の予防接種に触れた親御さんたちであれば、その名を聞いたことがあるでしょう。2009年、アメリカのミネソタ州においてヒブ感染症のあり得ない流行が発生しました。有り得ない流行と表現したのは、これが起こるはずのない流行だったからです。ヒブ菌の感染を防ぐワクチンが流行の20年前から接種されていたからです。しかし。ミネソタ州でヒブ感染症にかかったほとんどの子供たちは、この流行で死亡した一人を含め、ワクチンを接種していなかったのです。子供たちの親は一体なぜワクチンを我が子に打たなかったのでしょうか。お金がないからではなく、宗教上の理由でもない。なんと原因は親たちの、ワクチンに対する過度の恐怖にあったと本書で語っているのです。ヒブ感染症の流行はミネソタだけではありません。ペンシルバニア、ニューヨーク、オクラホマ、メイン。各地でヒブ感染症が流行し、やはり多くの子供の親たちも、ワクチンを打たない選択をしていたのです。アメリカにおけるヒブ感染症は、ワクチンの予防接種が始まる以前は、毎年2万人を超える子供たちがヒブ感染症による髄膜炎、肺炎を引き起こし、そのうち1000人が死亡し、命を取り留めた多くの子供たちに深刻な脳障害を残しました。そして現在も防げるはずの感染症が各地で散発的に発生しているのだそうです。気がかりなのはヒブだけではありません。百日咳、麻疹、おたふく。かつてはワクチンによって容易に防げたはずの感染症が、増え始めているのだそうです。

20世期初頭、ワクチン導入以前のアメリカでは、毎年ジフテリアで1万2千人の子供が死亡し、2万人の赤ちゃんが風疹のため盲目、難聴、知的障害を患い、1万5千人がポリオで身体麻痺になり1000人が死亡するということなどは、避けられないことだったのです。これらの被害はワクチンによって殆どが消え去りました。しかし現在ワクチンを子供に打たないという選択をする親がどんどん増えているため、中には再流行しはじめている感染症もあるのだそうです。どうしてこうなってしまったのでしょうか。なぜワクチンが我々に害を及ぼす恐怖の対象となってしまったのでしょうか?それには1982年のアメリカに生まれた、アメリカ史上もっとも強力な市民活動グループの影響を外すことはできません。そのグループは現在においてもアメリカのみならず、世界においても信者を集め続けているのだそうです。その市民活動グループは現在、全米ワクチン情報センターという団体名で活動しています。これが世界でも最大級の影響力を持つワクチン反対運動の中心的存在なのです。

さて、本書で主役となる感染症が、百日咳です。百日咳は、百日咳菌による呼吸器系の感染症です。強い感染力を持ち、濃厚接触の場合、8割の確率で感染すると言われています。大人が感染した場合、軽症で済むことが多いのですが、一歳以下、特に生後半年以内でワクチン未接種の乳児は重症化しやすく、チアノーゼ、けいれんを起こし死に至るケースもあります。百日咳菌によって粘度の高いタンが気管にたまり、これを排出しようと激しい咳が起こります。しかし気管に絡みつくタンは粘度が高く咳では排出されず、子供の場合はパニックを起こし、激しい咳ののち呼吸困難となりチアノーゼを起こすのです。息が吸えるようになった時にはタンで細くなった気管を通る息がヒューヒューという特徴的な高い音を出すため、別名ヒューヒュー咳とも呼ばれます。百日咳にかかった子供の親たちは、この音を決して忘れられないんだそうです。さらに百日咳菌が肺に入ると肺炎を起こしたり、咳があまりにひどくて肋骨が折れるケースもあるそうです。非常に恐ろしい感染症なんです。百日咳は1970年代から80年代にかけてのワクチン反対運動の中心となる感染症なのです。

アメリカでは1940年代から百日咳、ジフテリア、破傷風の三種混合ワクチンが本格的に導入されましたが、ワクチンの普及以前は、毎年30万人が百日咳を感染発症し、その結果7千人が死亡していたそうです。そのほとんどが幼い子供たち。その後はワクチン普及のおかげで、1970年代の百日咳感染発症数は約2千人、死亡者数は30人以下まで減少したのです。

日本では現在、百日咳予防としては四種混合ワクチンを生後3か月から接種を強く推奨されています。この四種混合ワクチンは百日咳のほか、ジフテリア、破傷風、ポリオを含む四種の不活化ワクチンの混合ワクチンです。

日本においては四種混合ワクチンをはじめ、様々なワクチンが「予防接種法」のもと接種を推奨されているんですが、この予防接種法が施行されたのは1948年。昭和23年のことなんですね。施行当時は「罰則規定ありの義務接種」とされていました。つまり半強制的だったんです。さらに1950年代から60年代にかけて接種ワクチンの種類が増加、1960年代には感染者と死亡者の数が減少していきました。しかし1970年代、イギリスにおいて百日咳ワクチンの危険性が騒がれたことを受け日本においても百日咳ワクチンの接種を国が中止したことで、1980年代始めにかけて感染者と死亡者が増加、1992年にはワクチンの副作用で死亡、後遺症を患ったとして国を相手取る集団訴訟が発生。これを受け、1994年、予防接種は努力義務へと改正され、これ以降、ワクチン接種率の低下が問題になっているのです。

日本においてはもともと強制であったワクチン接種ですが、なぜ90年代以降、接種率が低下してきているのでしょうか。これには根強いワクチン反対派の運動があるのですが、そもそも日本において語られるワクチンの危険性というのは、もとを辿れば1973年のイギリスの医師によるある報告が原点になります。このイギリスでの運動こそ、本書の中で詳細に語られるワクチン反対派の源流と言えるのです。さて、当時のイギリスにおいてどのような事態が起こっていたのでしょうか。

【恐怖の源泉、イギリス】

1973年当時、イギリスの小児神経科医ジョン・ウィルソンが主張したのは、百日咳ワクチン接種後の子供たちの健康被害。ワクチン接種に原因があるとみられる神経性の病気の子供たち50人を診察した結果、そのうち22人が精神障害かてんかん、またはその両方を発症したと言うものでした。ウィルソンにとってこれは由々しき事態であり、さらにロンドン王立医学協会という権威ある場でのプレゼンテーションには圧倒的な説得力がありました。ウィルソン自身、哲学と医学の博士号を持ち、権威ある王立内科医協会の会員でもありました。さらに勤め先であるグレートオーモンドストリート病院は世界的にも有名な医療施設であり、ウィルソンの主張は世の中に高い信憑性を持って受け入れられたのです。

王立医学協会での発表から半年後の1974年、イギリスのテレビ番組「ディス・ウィーク」において、ウィルソンの主張は国内数百万の視聴者に向けて大々的に報道されました。この番組ではワクチンによって健康被害を受けたとされる子供たちの悲痛な映像を映し出し、どのこどももこうなってもおかしくないという恐怖を宣伝したのでした。ワクチンによって脳に障害を負ったとされる、子を持つ親にとって恐ろしい映像を映し出しながら。我が子がこんなことになってしまったら・・・視聴者の恐怖は容易に想像できるでしょう。テロップにはワクチンによって毎年100人が脳に損傷を受けるといった具体的な数字まで示されたのです。ウィルソンは番組のなかで、ワクチンが健康被害をもたらすことを確信していると断言し、さらにはワクチンによって深刻な症状を示す子供たちを嫌というほどみてきたと主張したのです。

これを受けて新聞各紙がセンセーショナルにワクチンの危険性を報道しました。「百日咳ワクチンの危険性は隠されていた」「百日咳ワクチン接種は中止すべき」「ワクチン被害者たちによる政府からの救済を求める運動」「闇の中の予防接種」「子供の脳がワクチンで破壊された」などなど悲惨な見出しが並んだのです。さらにウィルソン以外の医師たちもワクチンを非難し、ワクチン接種の中止を主張し始めたのです。

いかがでしょうか。このイギリスでの状況を聞くとワクチンって怖い!と誰もが思いますよね。もし我が子が障害を負ってしまったら・・・そう考えてしまいます。権威ある医師が危険性を主張し、テレビも新聞もワクチンの危険性を大きく報道していたなら、専門知識のない大衆がワクチンに対して恐怖を抱いてしまうのは仕方のないことです。その後ワクチンの接種率は劇的に低下することとなります。

これを受けイギリス政府の公衆衛生部門は1975年、次のような見解を発表しました。「1974年の報道による悪影響は、乳幼児のワクチン定期接種数の急激な低下を招いた。1978年に予想されている感染症流行までには、相当数の患者が発生することになるだろう」

さてウィルソンが出演した報道番組で語られたことは真実なのでしょうか。それともイギリス政府が危惧するように、報道番組の内容はデマなのでしょうか。この答えが出るのは早かったのです。イギリス政府が悪影響と断じた報道以前、イギリスの子供たちの79%が予防接種を受けていましたが、1977年にはなんと31%にまで激減していたのです。その結果なにが起こったのか。なんと10万人以上の子供たちが百日咳にかかり、5千人が入院、2百人が重度の肺炎を患い、36人が命を落としたのです。これは近代史上最悪の百日咳流行のひとつとされています。しかしワクチンへの恐怖はこれに留まらず、日本にもその波は伝播し、厚生労働省がワクチンを中止すると決めたあと、百日咳による入院数と死亡者数が10倍に膨れ上がったのです。

さらに。その後の展開が大きな問題なんです。なにが問題なのか。ウィルソンは百日咳ワクチン接種後の健康被害を主張していましたよね。ところがワクチン接種と、精神障害やてんかんなどの脳障害には因果関係がないとする研究結果が多数出てきたのです。

さて、そもそもワクチン接種と脳障害の因果関係を明確にするためにはどのような研究が望ましいのでしょうか。これはシンプルに、ワクチン接種をする子供達のグループと、ワクチン接種をしない子供達のグループそれぞれ数千人を対象に比較調査をすることです。もしもワクチン接種と脳障害に因果関係があれば、ワクチン接種をした子供達のグループにおいて脳障害のリスクが高くなることが数字で示されるはずです。

しかしながら前述の比較調査を行ったケースは1981年に発表されたわずか1件の調査結果しかありませんでした。これはイギリスの保健相がロンドンのミドルセックス病院地域医学教授デイビッド・ミラー博士を指名し行われた研究です。重篤な神経疾患とワクチン接種との関連性を調査するものでしたが、デイビッド・ミラーの研究結果は、次のような結論に至ります。「統計的にジフテリア、破傷風、百日咳の三種混合ワクチンは、接種後72時間以内の脳障害と重大な関連がある」というものでした。この研究結果は世界的に受け入れられ、これがアメリカにおいて、史上もっとも強力なワクチン反対運動を引き起こすことになるのです。

しかし。このデイビッド・ミラーの研究結果は多数の研究調査の結果、完全に間違いであったことが証明されることとなります。ミラーの論文発表から2年後、1983年にロンドンの研究者によって発表された論文では、3回のワクチン接種をした子供13万人と、ワクチンを接種しない子供13万人を比較調査したものでしたが、ミラーの主張するワクチンと脳障害の関連性は確認されませんでした。同じく1983年、ワクチン接種により死亡したとされた29人の子供を病理解剖した結果、ワクチンが症状を引き起こした病理的な徴候はありませんでした。その後も1988年、1990年と様々な研究者による調査の結果、ワクチンと脳障害の関連性は確認できませんでした。このような多くの研究結果を受けて、各国が反応を示します。1989年にはイギリス小児科学会とカナダ国立予防接種勧告委員会、1991年にはアメリカ科学アカデミーの医学研究所と小児神経学会特別委員会がワクチンと脳障害の関連性はないとの声明を発表したのでした。イギリスで発生したワクチンへの恐怖によるワクチン拒否が、多くの子供を犠牲にしました。しかしその恐怖に科学的根拠などなかったのです。この事例をみなさんはどう感じるでしょうか。

さて今回はここまで。有益とかんじましたら是非チャンネル登録高評価をお願いします!次回はイギリスに続きアメリカで起こったワクチン反対運動について解説します。テレビ番組でばら撒かれた恐怖が、アメリカからワクチンそのものを消滅させる寸前まで追い込まれます。続きは概要欄のリンクからどうぞ!それではまた!

どうも教養レディオです。前回は1970年代のイギリスで起こったワクチン反対運動について解説しました。マスメディアの強い影響力を理解できるエピソードでしたね。今回は1980年代のアメリカにおける、これまたマスメディアの影響を発端とする社会現象について解説していきます!それではいきましょう!

【1982年アメリカ】

1982年、ワシントンのローカルテレビ局において放送された「ワクチン・ルーレット」。この番組を制作したのは、リア・トンプソン。この番組はDPTワクチンへの恐怖を煽る展開に終始していました。DPTワクチンとは、ジフテリア、百日咳、破傷風の三種混合ワクチンです。彼女自身がスタジオの中央に立ち、その目は真っ直ぐカメラを見つめ、悪を糾弾するかの如く厳しい口調で次のように語りはじめます。

「どの子供も受けるDPTワクチンの接種。私たちは1年以上かけて、予防接種の安全性と効果に深刻な問題があることを発見しました。医療界はワクチンを猛烈に推奨していますが、それが予期せぬ問題を招きました。私たちの仕事はこの重要な問題に関して議論が可能になるように情報を提供することです。これはアメリカの全ての家族に例外なく影響することです」

リアの語りのあと、すかさず画面いっぱいに映し出されるのは泣き叫ぶ赤ん坊。腕に注射器の針が刺されます。不穏な空気の中、リアはまた語り始めます。

「学校に通うためにはDPTの接種を受けなければいけません。私たちはこの予防接種を受けることで子供たちが健康でいられると聞かされています。全てのこどもを恐ろしい病気から守ってくれると聞かされている注射です。しかし、DPTは恐ろしいダメージを与えることもあるのです」

リアが語り終えると、心臓の鼓動が聞こえます。テレビ画面は脳障害を負った子供の萎えた手足、天井を見つめよだれを垂らし、けいれんする重度の心身障害児の映像で一杯になります。ワクチンの瓶が映る画面に銃声とともに「DPTワクチンルーレット」と文字がひとつづつ現れるのです。

完璧なオープニングです。大衆にワクチンへの恐怖を植え付けるという一点において。その後はワクチン接種後に脳障害を負ったとされる子供たちの親がその苦しみを訴えるのです。このワクチンルーレットという番組はワシントンでさらに2回放送されたのち、全米でも放送されました。放送から1週間も経たないうちに全米の雑誌、新聞がDPTワクチンにより脳障害を患ったとされる子供たちの記事を掲載したのです。

ワクチンルーレットの影響は絶大でした。何千という親たちが、かかりつけ医にDPTワクチンは受けないと言い、多くの人々がDPTワクチン以外のすべてのワクチンに疑問を抱き、予防接種をする医療従事者の信頼性を疑う人も出る始末となってしまったのです。そしてこの騒動の最中、3人の親が集まり、「納得できない親の集い」と呼ばれる組織を立ち上げるにいたります。この組織の会長となったのがバーバラ・ロー・フィッシャーでした。1982年に立ち上げられたこの組織は、1990年代初頭に全米ワクチン情報センターという公的組織かのような組織名へ名前を変え、現在も存続し続けています。現会長は立ち上げ後初の会長に就任したバーバラが引き続き勤めています。

ワクチンルーレット。この1本のテレビ番組は結果的に一般大衆を思想誘導し、史上もっとも強力な反ワクチン組織を生み出しました。そしてワクチンルーレットを製作したリア・トンプソンのキャリアは急上昇しました。ワクチンルーレットのあと、リアトンプソンバイラインという週刊テレビマガジンの制作と主演を務め、リアの調査報道はテレビ放送に関わる主要な賞をほぼ総なめにしました。ピーボディー賞、ポルク賞、コロンビア・デュポン賞、ローブ賞、全米エミー賞、ナショナルヘッドライナー賞、全米プレスクラブ賞、ワシントン地域エミー賞などなど・・・。彼女の影響力は絶大で、リアの制作した報道の影響によってリコールされた商品や廃業に追い込まれたメーカーもあります。しかし彼女の制作した報道番組の中でワクチンルーレットほどインパクトのあった報道はありません。もしアメリカ政府が乗り出さなければ、アメリカの市場からワクチンを完全に消しさっていたかもしれないのです。

ワクチンルーレットによって、アメリカではドミノ倒しのように、ワクチンへの恐怖が広がりました。親たちはワクチンを非難し、メディアは親たちの話をドラマチックに報道し、医療従事者たちは前述のデイビッド・ミラーの研究結果を根拠にワクチン反対運動を支持したのです。この一連の運動は、最終的に訴訟にたどり着きます。人身被害を専門とする弁護士たちは、テレビやラジオ、雑誌や新聞広告などで業務内容を宣伝し、ワクチンによる被害を受けたとされる子供の親に補償を受けるよう促したのです。激増する訴訟は、製薬会社そのものを蝕みました。DPTワクチンの値段は最終的になんと70倍にまで値上げされたにもかかわらず、企業に要求された賠償金は、値上げ後ワクチンの売り上げの30倍にも登ったのです。製薬会社はワクチン事業から手を引き、もともと7社が製造していたDPTワクチンは、1984年中にわずか1社だけになってしまったのです。このように、アメリカにおいてDPTワクチンは絶滅寸前まで追い込まれましたが、さらに状況は悪化します。1986年に起こった決定的な判決は、アメリカからDPTワクチンを一時的に消し去ってしまいました。その判決内容はワクチン事業への死刑宣告に等しいものでした。なぜかというと脳障害がある子供だけが補償対象ではなく、どんな病気であってもワクチンとの関連を疑われるという判決内容に他ならなかったからです。どのような病気を患おうと、ワクチンを打ってさえいればその関連性を疑われ、製薬会社は賠償金を支払うよう求められたのです。DPTワクチンを製造する残り1社は、この判決によって100万ドルを超える賠償金の支払いを命じられ、DPTワクチンの製造中止を発表したのです。DPTワクチンに限らず、多くの判例が製薬会社をワクチン事業そのものから撤退させました。アメリカは、ワクチンのない時代に戻ってしまう瀬戸際まで追い込まれたのです。

結果的にこの事態を覆したのは連邦政府でした。ワクチンが枯渇寸前であることを危惧し事態に介入したのです。1986年に可決された小児予防接種被害法は、ワクチン被害の補償制度を規定し、個人が負担することとなる高額な裁判費用などを政府が負担し、製薬会社を訴訟から守ることが目的でした。しかしワクチン推奨の立場にある有識者からは、「ワクチンによる後遺症があるということを前提にしたこの法律は、ワクチンそのものへの信頼を失わせる」と酷評され、ワクチンに懐疑的な人々からは、製薬会社が訴訟から守られることでワクチンの安全性を高める努力を怠るのではないかと心配されました。このように多くの人々が疑念を持っていたにもかかわらず、小児予防接種被害法はワクチンを救うこととなりました。法が成立後、製薬会社への訴訟は激減し、さらに法によって大衆へワクチンの安全性を伝えるしくみが生まれたのです。ワクチンのあり方は法の整備によって好転したとみなせるでしょう。しかしその背後では、ワクチンを接種されず、感染症へのリスクが高まった子供たちがいるのです。多くの子供たちがリスクを負うことなく法を整備する道はなかったのでしょうか。

【天然痘と反ワクチン】

1980年代、アメリカの報道番組ワクチンルーレットが大衆に大きな影響を与え、ワクチン拒否が蔓延、訴訟が乱発し、アメリカはワクチンが消え去る寸前まで追い込まれたことをご説明しました。ですがワクチンに反対する運動というものは、150年前、ワクチンが生まれた時からすでに存在していました。現代のワクチン反対運動における特徴やスローガン、メッセージ、恐怖などは、すべて過去の運動にルーツがあるのです。

人類が初めて発明したワクチンは、天然痘を防ぐために生み出されました。人類史上もっとも多くの人間を死に追いやった恐るべき病、天然痘。非常に強い感染力と3割から5割といわれる高い致死率。人類史において5億人から6億人といわれる死者を出した天然痘は、人類の歴史をも変えました。多くの権力者を死に追いやり、コロンブス以降、ヨーロッパ人の保有する天然痘ウイルスは、免疫のないアメリカ大陸の先住民のほとんどを死に追いやりました。死者の数だけでいえば、天然痘に勝る感染症はありません。第二次世界大戦の死者が8千万人といえば恐ろしさが伝わるでしょうか。この忌まわしい天然痘は、1980年、世界根絶宣言が発表されましたが、根絶に至るまでの歴史はイギリスで始まりました。

1796年、エドワードジェンナーが発明した種痘。これは1820年までの20数年間の間に天然痘による死者を半減させました。ここまでは良かったんです。しかし政府がワクチン反対運動を発生させる引き金を引いてしまいます。それは、種痘の義務化です。1853年に予防接種義務化法案が可決。しかし罰則のないこの法案は、接種率の低下を招きました。そこでこの反省を踏まえ、1867年には罰則ありの厳しい法律を生むこととなりました。これが種痘反対運動をも生み出すこととなったのです。

反種痘活動家は、種痘を受けると頭にツノが生え怪物に変わってしまうと恐怖を煽り、種痘を強制する役人と種痘を行う医者を悪魔や吸血鬼と罵り、種痘には蛇の毒やコウモリの糞などのゾッとするものが入っていて、健康な子供を病気にしてしまう、などの内容をチラシやポスター、写真をつくって宣伝したのです。これら150年前の種痘反対運動は、現代のワクチン反対運動と驚くほど似通った信条と行動パターンをもっていると著者は述べています。医者や役人は邪悪である、ワクチンは感染症を防がずむしろ病気を引き起こす、ワクチンには危険な添加物が含まれていて、ワクチンは反自然的である。細菌やウイルスを信じないカイロプラクティックや、西洋医学を否定するホメオパシーなどの代替医療への傾倒。これらの属性がプロパガンダ的に作用してシンパを増やしていく。現代のワクチン反対運動で展開される大衆説得の手段は、150年も前に原型がつくられていたのです。

【新しい活動家】

21世期初頭にアメリカの集団免疫が崩壊してもワクチン反対運動は鎮静化しませんでした。既存の活動家とは異なったスタイルのワクチン反対活動家が台頭してきたからです。ワクチンによって自閉症になると信じる複数のグループによって構成された、ワクチン安全性連合です。代表的人物がジェニー・マッカーシー。彼女は既存の活動家と比べると、スピリチュアルへの傾倒、科学的根拠の欠如が顕著で、モデル業や映画出演をしていたことから大衆への影響力はとても大きいのです。

ジェニー・マッカーシーの主な主張は、MMRワクチンの接種によって自閉症になる、というものでした。MMRワクチンとは、アメリカにおける麻疹、おたふく、風疹の三種混合ワクチンです。マッカーシーは当初、我が子が自閉症を患ったのはMMRワクチンのせいだとしていましたが、最近ではワクチンに含まれる水銀、アルミニウム、不凍液が原因で、自閉症は体に毒物が溜まりすぎの状態であると主張しています。小麦製品や乳製品を避け、デトックスとサプリメントの接種で自閉症を治しましょうと言う主張によって、自閉症児を持つ親たちから崇拝されています。マッカーシーは年間売り上げ170億ドルのワクチン市場を金儲けと非難していますが、年間売り上げ800億ドルのサプリメント市場は肯定しており、主張内容のあべこべさが感じられます。さらにワクチンに含まれる添加物が危険という割には顔面へのボトックス注射は大好きであると主張し、「体に毒を入れないで」という自らが生み出した大衆へのメッセージとの矛盾は明らかです。そこにはワクチンの安全性向上などの建設的姿勢は見えてきません。なお、彼女が繰り返し主張するMMRワクチン接種と自閉症の関係は、因果関係はないとする研究結果が複数発表されています。このような科学的事実は、ワクチン反対派にとっては意味のないもののようです。さらにワクチン反対派の主張に次のようなものがあります。「私たちは死亡数の多い感染症に戻ってきて欲しいわけじゃない。私たちがしているアドバイスのひとつに1989年の予防接種スケジュールに戻ろうというものがある。過剰に商業主義になる前の時代にね」この主張はワクチン反対運動の中でもっとも無責任な主張と言えると著者は述べています。毎年肺炎球菌で数万人が肺炎と髄膜炎を起こし200人の子供が死に、1万6千人の子供がB型肝炎に感染し、ロタウイルスで7万人の赤ちゃんが脱水症状で入院し、ヒブによる2万人の子供の血流感染、肺炎、髄膜炎で苦しんでいた時代に戻ろうと言っているのですから。

【接種率の歴史】

1994年、米国疾病管理予防センターが発表した歴史的事実に、大衆の意識の変遷がまとめられています。ワクチンが長期間使われると何が起こるのかを3つの段階にわけて説明しています。まず第一期、人々は感染症を恐れています。1940年代、親はジフテリア、百日咳、破傷風のワクチンを快く受け入れていました。幼いこどもがジフテリアや百日咳、破傷風で死亡することはありふれた時代だったからです。1950年代にはポリオワクチンを我が子に受けさせようと親は殺到しました。ポリオにかかるとどうなるかを見て知っていたからです。身近でウイルスによる麻痺や死んでしまった知り合いがいた時代でした。1960年代になると麻疹、風疹、おたふく風邪のワクチンも受け入れます。これも感染症による後遺症や先天性障害を避けたいために接種率は高く維持されていたのです。これが第二期に入ると、ワクチンによって感染症が劇的に減っていく中で、感染症への恐怖はワクチンの副作用への恐怖へと変わっていきます。ここでいう副作用というのは、実在する副作用も実在しないデマ的な副作用も含まれます。人々は感染症の脅威を忘れ、予防接種率は横ばいとなるのです。さらに第3期に入るとワクチンへの恐怖は拡大し、ワクチンの接種率は下がっていきます。過去の事例にあるとおり、ワクチン反対運動の影響を強く受けた地域では感染症が再流行を起こしています。アメリカは今、この第3期にいると言えるでしょう。まだこぬ第4期について語れば、感染症の再流行によって犠牲者が増え、感染症への恐怖がワクチンへの恐怖に勝り、接種率は上がることでしょう。しかしその対価はあまりにも大きいものです。犠牲者を増やす前に接種率を高め、感染症の再流行を防ぐことが今の課題といえるでしょう。

【さいごに】

さて、いかがだったでしょうか。ワクチンの是非について決めるのはあなた自身です。冒頭でも述べたように、本書はワクチンについてどのような社会運動が起こり大衆に作用したかを知る上で重要な情報に溢れています。本書では、「このような科学的根拠があるのだから、現在の医療が絶対に正しい」とは主張していません。必要なのは根拠に基づいた議論や科学的知見に基づいた研究などであり、一番の被害者が誰であるのか、過去のメディアによる無責任な偏向報道で何が起こったのかを説明しているのです。これは情報リテラシーを高めるために何が必要なのかを教えてくれます。西洋医学を否定することで代替医療へ人々を誘導し、自然食品やサプリメントを販売するいくつものウェブサイトでは、政府や医師、科学への不信感を煽り、ワクチンの危険性をうたう情報が溢れています。本来全ての親が子供を守りたいはずなのに生まれてしまう異なった思想や価値観。それを形成するのが世に溢れるさまざまな情報であることが分かります。わたしが以前紹介した「プロパガンダ」の動画も今回のテーマと合わせて、ぜひご覧ください。概要欄にリンクを貼っておきます。世に溢れる情報への懐疑的視点を高めることが、情報リテラシー向上への第一歩と言えるでしょう。さらに言えば、懐疑的視点というものは、科学的視点とも繋がる、ものの捉え方になります。事実のみをもって判断するには、イメージ先行型の情報や、わかりやすい情報などには、懐疑的視点をもって望むことは、さらに情報が氾濫するであろうこれからの時代、不可欠な能力であると言えるでしょう。巧妙化する思想誘導に流されず不必要な被害を避けるためにも、家族や友人と思想や価値観の話を日常的に取り入れて日々お互いを高めあってみてはいかがでしょうか。

ということで今回のテーマ、ワクチンは善か悪かはここまでとなります。有益と感じられましたらぜひチャンネル登録高評価をお願いします。それではまた!