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医学の歴史【4】

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スキマ時間を学びに変えましょう。教養レディオです。通勤、家事、作業の合間に聞き流しお願いします。

はい前回のおさらいです。1500年続いたガレノス医学、これを病理解剖学の開祖、モルガーニが打ち破りました。そして科学革命がキリスト教的世界観に風穴を開けた。この世界を形作っているのは神様じゃない。世界は数学に支配された物理法則で成り立っていることをニュートン力学が示しました。近代科学が産声をあげましたね。

この近代科学の芽生えによって旧来の価値観は影響力を弱めていきます。産業革命前夜のこの時代、人類の発展は約束されたかのようです。科学革命は蒸気機関の発明、産業革命へと繋がっていきました。しかし順風満帆とはいきません。

教養レディオ、医学の歴史第4回目にして、人類に牙を向く恐ろしいヤツが登場します。それは感染症です。

18世紀当時、天然痘と呼ばれる感染症が猛威をふるっていたんです。非常に強い感染力をもち人類史においてしばしば大流行を引き起こしてきた天然痘は、多い時には数百万人単位の死者を出す恐ろしい感染症でありました。一度の流行で数百万人ですよ。現代では信じられない規模です。症状としては顔面、頭部を中心に全身に発疹が発生し致死率はなんと最大50%。治癒したとしても発疹のあとが顔に残ってしまうため、患者は生涯、天然痘に苦しめられました。

なおルネサンス期を境に、肖像画が頻繁に描かれることになりますが、歴史に名を残す偉人たちの肖像画に天然痘の傷痕って描かれていませんよね?私は見たことがありません。なぜでしょうか。これは天然痘の傷跡をないものとして描くということが当時の暗黙の了解だったからです。言わなくても分かるよね?ってことですね。顔面に残る天然痘の傷痕は、世界共通、ネガティブなものとして扱われてきたんですね。

さて、この天然痘、いつ頃から人類の脅威となったのか。最も古い天然痘の記録は紀元前1000年以前にはすでに残されています。細菌よりも遥かに小さく、肉眼では決して見ることができないウイルスによる感染症というのは人類にとってまさに「悪魔の所業」「神の裁き」だったんでしょうね。18世紀は消毒法も発見されておらず、感染症への対処法なんて一般的に知られていなかった時代です。なお人類がウイルスの存在を認めたのは1892年、19世紀末のことなんです。

世界でもっとも死者を出した病気は感染症で間違いないでしょう。天然痘に限っても、推計6億人を超える人が亡くなったと言われています。6億人ですよ?天然痘だけで6億人です。18世紀半ばの世界人口は約8億人ですから感染症がどれだけ人を死に追いやってきたかわかりますね。

そもそも人類にとっての脅威というのは3つあると言われています。それは戦争、飢餓、そして感染症です。この3つは理不尽に、突然に、そして多くの人々に、死をもたらしてきました。しかしこの3つの災厄によって命を落とす人達は、現代に近づくにしたがって着実に減少しています。2019年の世界人口は77億人。18世期の世界人口は8億人ですから、たった300年ほどで約10倍の世界人口になりました。世界は確実に、理不尽な死から遠ざかっているんですね。

天然痘は人類の手によって初めて根絶に成功し、根絶できた唯一の感染症であります。いつ根絶できたか。それは1980年、今から40年前、WHO世界保健機関が発表した「世界根絶宣言」この時点です。

この世界根絶宣言に到るまでにおびただしい死者を出した天然痘。今回語るのは、人類に牙を向くこの天然痘を根絶する第一歩を踏み出した男のストーリーです。

それではいきましょう!

さて、天然痘の恐ろしさはご理解頂けたかと思います。この恐ろしい感染症を人類史上はじめて効果的かつ安全に予防する「牛痘種痘法」と呼ばれる手法を開発した人物がいます。この人物こそ天然痘根絶への第一歩を踏み出した男、エドワード・ジェンナー(1749〜1823)です。ジェンナーは安全性の高いワクチン接種を実用化し、天然痘の蔓延に歯止めをかけた偉大な人物です。

ワクチンというのは、意図的に弱毒化した菌やウイルスを接種することで特定の感染症への免疫を獲得する予防医療です。ジェンナーの開発した牛痘種痘法は、実用的な予防策だったんです。予防医療の重要性は、今回の動画を聞き流して貰えるとご理解頂けると思います。

ところで、ドラマや映画に出てくるお医者さんって大体が外科医ですよね?我々がイメージしやすいのは、カリスマ外科医がその神業をもって瀕死の患者を救うというストーリー。ドラマにはうってつけです。しかしどんなカリスマ外科医でも生涯で救える命はせいぜい数千人が限界でしょう。しかしワクチンは感染症に苦しんだであろう数十億人もの人々を救っているのです。もちろん救った命の数で優劣はきまりません。しかし感染症対策の研究やワクチン開発へもスポットがあてられるべきであることを、我々は知るべきだと思います。我々も自覚はないけど、きっとワクチンの恩恵の上で生きていられるんですよね。

エドワード・ジェンナー

さてそれでは人類に牙を剥く感染症に立ち向かった救世主エドワード・ジェンナー。彼の偉大な功績をご説明します。

ジェンナーの生まれた18世紀のヨーロッパでは、100年間で6千万人もの人が天然痘によって命を落としていました。1日あたり1643人が天然痘によって亡くなっていた計算になります。なお第二次世界大戦の死者数の推計は、軍人、民間人を合わせて6千万人から8千万人ほどだと言われています。18世期の天然痘だけで、世界大戦に匹敵するほどの人が亡くなっていたんですね。それが18世紀のヨーロッパだったんです。はじめに言いましたが、天然痘により亡くなった人の推計は6億人です。改めて、とんでもない死者数ですよね。

当時のイギリス、ロンドンでは人口の実に3割が天然痘の傷跡を負っていたと言われています。当時は今よりもずっと、死が身近にあったんですね。この状況を知ると、ワクチンという予防策がいかに人類に貢献しているのかがわかります。生活における悩みは、戦争、飢餓、感染症による理不尽な死が身近にないからこそ生まれるんだと実感します。

さて人類史において何度も大流行を引き起こしてきた天然痘の「強い感染力」そして「高い致死率」は人々の間でよく知られていました。しかし一方で「天然痘にかかった人間はその後天然痘にはかからない」という事実も古くから知られていました。免疫力を獲得したからだと我々にはわかりますが、当時の人々はそんなこと分かりません。ただこの事実は、荒削りながら免疫療法を生み出していました。

天然痘を予防するため、紀元前1000年頃には天然痘患者の膿を健康な人の身体に擦り込むことで軽度の感染をわざと起こし、重度の感染を予防する「アラブの種痘法」と呼ばれる予防医療が実践されていました。ジェンナーの生まれたイギリスにも18世紀初頭に導入されたんですね。アラブの種痘法が導入されたんなら天然痘の被害は減ったんでしょ?ジェンナーの出るまくないじゃん。と思いますよね?しかしアラブの種痘法には大きな問題があったんです。種痘後に重篤な天然痘にかかる人たちが多く、種痘法による死亡率はなんと1割ほどにものぼりました。種痘した10人のうち1人は深刻な天然痘の症状を示し死んでしまう。欠陥ありまくりですよね。当時の種痘法は、あまりにもリスクが高かった。つまり実用性が薄く、ギャンブル的なものだったんです。これでは天然痘患者を減らすことに希望が持てませんよね。

さあそんな時代、13歳のころ外科医を目指したジェンナーは、地元の診療所を営む医師のもとで修行時代を過ごしました。この修行時代にジェンナーは後の種痘法開発の大きなヒントを得ることになります。ある日、発疹を訴える農家の女性が診療所を訪れました。その発疹を見た医師は天然痘を疑ったんですが、それに対し農家の女性は「ああ大丈夫、私は天然痘ではありません。私は以前、牛痘にかかったことがあるんです。牛痘にかかった人は天然痘にはかからないんですよ」と言ったんですね。牛痘というのは牛、猫科動物、ヒトなどを宿主とする牛痘ウイルスによって発生する感染症で、ヒトには感染するものの症状は軽く傷痕も残りません。牛痘にかかると天然痘にはかからないというのは、農家では親から子へ言い伝え的に受け継がれてきた知識でありました。

このエピソードは、後の牛痘種痘法開発に到るまで、ジェンナーの心にずっと残り続けていました。

さて地元の診療所での修行時代を終えたジェンナーは、21歳のときロンドンのセントジョージ病院で医学を学ぶことになりました。ここでジェンナーは「実験医学の父」ジョン・ハンター(1728〜1793)と出会います。ガレノスの呪縛から解き放たれ科学が台頭してきた18世紀において、医学者たちは「実験による再現性」を重要視し始めました。「実験医学」の始まりです。ジョン・ハンターはこの実験医学の急先鋒であり、ジェンナーの牛痘種痘法開発のみならず後世の医学者に大きな影響を与えました。二人の師弟関係は1793年、マリー・アントワネットの処刑と同日にハンターが亡くなるまで続きました。師から受け継いだ「実験精神」は、師との別れから3年後に花開くことになります。

ハンターが亡くなる前にジェンナーは、修行時代の農家の女性から聞いた言葉を思い出していました。牛痘にかかった人は天然痘にかからない。であれば意図的に牛痘に感染させることで天然痘を予防できるんじゃないか。

この考えのもとジェンナーは牛痘に感染した人達を探し「アラブの種痘法」を実施しました。10人に1人は死んじゃうやつです。しかし確かに誰も天然痘を発症しないんですね。牛痘には天然痘の予防効果があることをジェンナーは確信しました。

そして1796年、歴史に残る実験を行います。

ジェンナー家の使用人の息子である8歳の少年を被験者とし、少年に牛痘を接種、その後少年に天然痘を接種しました。その後少年は何の症状も起こしませんでした。その後何度も少年に天然痘を接種し続けても、少年は天然痘に感染することはなかったんです。人類初のワクチンが誕生した瞬間でした。WHOの天然痘世界根絶宣言の第一歩を踏み出したのは、このジェンナーと少年だったんですね。この歴史的発見を論文にまとめてロンドン王立協会に提出したジェンナーでしたが、あまりにも非常識的な内容だとして論文を突き返されたそうです。

しかしジェンナーは諦めず、1798年「牛痘の原因と効能」と題した著作を自費出版しました。これにより牛痘種痘法は医学会に広く知れ渡ることになりました。

しかし当初は、牛痘という動物の病気を人に接種するということが人々の間では非常に嫌悪感があったそうです。顔が牛にようになったとか、頭からツノが生えたとか、四つ足で歩くようになったなどのデマが流れたんです。これは牛痘種痘法に必要不可欠な牛痘ウイルスを不適切な管理によって天然痘ウイルスで汚染してしまったものを接種したことで天然痘に感染させてしまう医者がいたからです。人々は牛痘種痘法に不安や恐れを抱いたんですね。しかしその後は多くの学者によって効果や安全性が確認されたことで、数年のうちにヨーロッパ中に広がり、目覚ましい成果をあげました。

牛痘種痘法はその後ヨーロッパ中に広がり確かな成果をあげましたが、ジェンナーは牛痘種痘法の特許を取りませんでした。特許を取ると予防接種が高額になってしまい、多くの人に恩恵が行き届かないと考えたからです。このジェンナーの美しい精神性、そして何十億人にものぼるであろうワクチンによる恩恵を受ける人たち。彼こそ救世主と呼ぶにふさわしいと思えます。

ジェンナーがハンターから継承した「科学性」が全人類に恩恵をもたらしました。時として数百万人、数千万人の命を奪ってきた天然痘は1980年、WHOより世界根絶宣言が出されました。エドワード・ジェンナーの名は、永遠に語り継がれることでしょう。

ということで今回はここまで。有益だと感じられましたら是非チャンネル登録、高評価をお願いします。

それではまた。

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