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医学の歴史【7】微生物学

どうも教養レディオです。通勤、家事の合間に聞き流しお願いします。

前回は消毒法の発見についてご説明しました。消毒法は、近代外科学を著しく発展させ、感染症への抑止力となったとても重要な発見でした。

そして消毒法発見と同じ時期に大きな発展を遂げた、微生物学。17世紀における微生物の発見から実に200年経過した19世期において、人類の生物に対する考え方は大きな転換を遂げることとなります。今回はこの微生物学を確立した2人の人物をご紹介します。

それではいきましょう。

前回の動画では、ジョゼフ・リスターが消毒法を確立した経緯についてご説明しました。リスターが消毒法発見に至るには、微生物学の確立が必要不可欠でした。消毒というまったく新しい概念が社会的に受け入れられるには、微生物に対する理論的裏づけが必要だったからです。リスターの消毒法確立に数年先立って出版された論文、「自然発生説の検討」。これこそ微生物学確立に大きな貢献を果たした一人、フランスのルイ・パスツールの論文であります。

そもそも生物という概念は、定義の難しい曖昧な言葉であることを我々は知らなければなりません。生物とは、動物、植物、菌、細菌、古細菌を総称するきわめて広い範囲をカバーする概念であり、細胞が生物の基本的構成単位とされています。しかしこの理論に従うと、生物とみなせない存在があります。それがウイルスです。ウイルスには細胞がなく、タンパク質の殻で覆われた核酸で構成された存在であり、細胞が基本的構成単位とする生物の定義からは外れます。しかし無生物でありながら遺伝子を有しており、生物と無生物、両方の性質を併せ持ったこのウイルスという存在は、非細胞性生物、または生物学的存在などと呼ばれています。

人類が抱いていた生物という概念は、古代ギリシャのアリストテレスが体系化し、17世紀、18世紀の研究者にまで多大な影響を与えました。もっとも代表的なのが自然発生説でしょう。物質から生物が生まれるとするもので、アリストテレスが唱えた学説です。自然発生説においては、ミツバチは草の露から、タコやエビなどは海底の泥から生まれるなどとされていました。生物に対する科学的知見は、17世紀の科学革命を発端とし、19世紀にその土台が完成したと言えましょう。

19世紀の生物学の進展はめざましく、1858年、ルドルフ・ウィルヒョウが細胞は細胞のみから生じることを提唱、その翌年には、チャールズ・ダーウィンが論文、種の起源を発表。太古から続く自然淘汰の繰り返しが、より生存に適した種を形成してきたことを主張、そして1861年、フランスのルイ・パスツールの論文、自然発生説の検討の出版。この4年間で立て続けに提唱された論文の数々は、人々の生命観を一変させました。生物学の発展だけを見ても19世紀が科学の世紀であることを実感できますね。

なお生物に対する認識という点では、宗教と科学の対立構造、つまりキリスト教の創造論とダーウィンの進化論がありますね。神が生物を作ったとする創造論。宗教に無頓着かつ無関心な人が多い日本においては、義務教育における進化論こそが常識でしょう。しかしキリスト教信者にとって進化論は受け入れがたく、むしろ創造論こそが常識なのです。あなたはどちらを支持するでしょうか。いずれにしても自分の頭で考えない限り、両者とも環境に刷り込まれたものであると言わざるを得ません。常識という概念がいかに曖昧なものであるかを痛感します。

さてそんな19世紀に活躍したルイ・パスツール。彼の業績はとても広い分野において発展を促すこととなりました。

結論から言うと彼のもっとも大きな業績は2つ。ひとつはドイツのロベルト・コッホとともに凌ぎを削り合いながら微生物学の発展に貢献したことです。微生物学の飛躍的発展は、パスツールの著書「自然発生説の検討」によって始まりました。腐敗、発酵が微生物の働きにより引き起こされることを証明したこの論文は、生物に対する科学的視点を促しました。古代から信じられてきた、物質から生物が生まれるとする自然発生説を否定し、生物は生物からのみ生まれるという事実は、生物学の根幹に多大な影響をもたらしました。さらにこの論文発表の数年後、ジョゼフ・リスターが消毒法を開発するきっかけとなり、消毒法を理論的に後押しすることで社会的に広く浸透させることに貢献したのです。

そして2つめの業績。それは感染症の原因が微生物であることを示唆し、ワクチンの予防接種を実用化したことです。人類初の実用的ワクチンといえば、ジェンナーの牛痘種痘法です。しかしジェンナーの時代、感染症の原因がウイルスや微生物で引き起こされるということは解明されていませんでした。様々な感染症が微生物によって引き起こされるという事実は、このパスツールによって提唱された概念であり、後述するロベルト・コッホにより理論的裏付けがされたものなんです。ワクチンの予防接種は、人類が持つ強力な武器と言えます。人類への脅威とは主に3つ。戦争、飢餓、感染症。突然に、理不尽に、多くの人に死をもたらすこの3つの脅威のうち、感染症のもたらす脅威は、以前の動画でも説明しました。時に世界大戦に匹敵する死亡者をだす感染症に対して、ワクチンの予防接種を実用化したパスツールの業績がいかに偉大であるか語るまでもないでしょう。人類の脅威のひとつを撃滅する人類の武器、それがワクチンなんです。

さてパスツールが論文を発表したその後、ドイツで顕微鏡にかじりつく一人の男がいました。彼こそのちにパスツールの宿命のライバルとなる、ロベルト・コッホであります。

1870年、プロイセン王国とフランスとの間に勃発した普仏戦争。鉄血宰相ビスマルクのもと国力を増強したプロイセンを中心とするドイツ連邦は、当時圧倒的な強さを誇っていたフランスを破り、ドイツ帝国の誕生につながりました。愛国心の強かったフランスのパスツール。彼の怒りはドイツの細菌学者であるロベルト・コッホに向けられることとなるのです。

パスツールが残した有名な言葉があります。

科学に国境はない。しかし科学者には祖国がある。

さてドイツのロベルト・コッホ。彼の業績も主に2つあります。ひとつはパスツールとともに微生物学の発展を促したこと。これはパスツールと同じですね。そして2つ目は、感染症の病原体を特定するための基本指針となるコッホの3原則を提唱し、感染症学の開祖として医学に貢献したことです。つまり、病原体と病気の因果関係に理論的裏付けをもたらしたんです。ある病気はある病原体によって引き起こされる。これを人類で初めて理論的に説明したのが、コッホなんです。

コッホの3原則とは、ある感染症では原因となる病原体がいつもみつかる。ふたつめは、その病原体を体の外で培養できる。3つめは、培養した病原体を生物に接種すると、特定の感染症が引き起こされる、とする原則です。この3原則は、微生物が感染症の原因であることを立証する条件であり、現代でも通用する基本的考え方です。

さらにコッホは画期的な開発を成し遂げます。細菌の純粋培養です。シャーレにゼラチンを敷き詰め、表面に対象の細菌を付着させ培養する、誰もがイメージする細菌の培養は、コッホが開発した方法であります。そのほか細菌の染色法などと合わせ一連の業績を評価され1905年、ノーベル賞を授与されることとなります。

こうして世界的な細菌学者となったコッホは、かねてからライバル関係にあったパスツールと対立し、ドイツとフランスの国家の威信をかけた学問競争へと発展していきます。

1883年インドでコレラが大流行を起こした際、コレラ菌の発見のためコッホは弟子を引き連れ遠征を行いました。これに対抗しパスツールも弟子を派遣したのですが、この遠征はコッホ側が成果をあげることとなります。遠征の翌年にコッホは原因菌を発見、パスツールが派遣した弟子はコレラに感染し死亡してしまいました。コレラ菌を特定したことでコッホの名声は頂点に達します。のちにノーベル賞を授与されることとなる世界中の研究者がベルリンに集い、コッホの研究室は細菌学研究の中心地となっていきます。

その後、2人の競争はワクチン開発へと移ります。老年に差し掛かったパスツールは狂犬病ワクチンの開発研究に取り組みました。狂犬病とは狂犬病ウイルスによる感染症であります。ヒトを含むすべての哺乳類に感染し、狂犬病の犬に噛まれた人は数日のうちに高熱、痙攣におかされ、死に至ります。狂犬病発症後の治療方法はありません。WHO2004年の報告によると、世界の狂犬病による犠牲者のほとんどはアジア、アフリカで発生しており、約55000人が亡くなりました。わが日本においては1950年の狂犬病予防法の施行による、犬の登録制度、予防接種などによる対策によって、1956年以降、狂犬病の発生はありません。

狂犬病ワクチンの開発に向けてウイルスの特定を目指したパスツールでしたが、発見には至りませんでした。ウイルスは細菌よりもはるかに小さな存在であり、ウイルスが人類によって発見、可視化されることとなるのは1935年のことなんです。パスツールとコッホは競い合うように炭疽菌、コレラ菌、結核菌などの病原体を特定してきましたが、2人とも1900年代初頭にこの世を去るため、ウイルス発見時まで存命していたわけではありません。しかしパスツールは病原体を発見せずともワクチンを作れる方法を模索し、1885年、ついに狂犬病ウイルスを完成させたのです。病原体を特定せずに、いったいどのようにワクチンを完成させたのでしょうか。パスツールは狂犬病にかかったウサギの脊髄を摘出しフェノールに浸すことでウイルスを弱毒化することに成功、不活化ワクチンとして実用的な予防策を開発したのです。

ワクチンの歴史を整理すると、パスツールとコッホの業績の偉大さが理解できます。まずジェンナーが天然痘のワクチンを発見、人では重篤な症状を示さない牛痘をワクチンとして実用化しました。しかしこの段階では病原体により病気が引き起こされるという理論的裏付けはなされていません。その後パスツールが、感染症は微生物が病原体ではないかと示唆し、コッホがその因果関係に理論的裏付けを与えました。そしてパスツールが弱毒化という素晴らしい応用方法を開発したことで、ワクチンは翼を得るように様々な病原体への応用が可能となったのです。

パスツールとコッホ、彼らは共に競い合う中で、人類へ多大な恩恵をもたらす概念と技術を生み出したのです。

まず微生物学の基礎を固めたことは消毒法を生みだすきっかけとなりました。そして微生物が感染症の原因であることを突き止め、さらに病原体を弱毒化することにより生み出されたワクチンの開発技術。

国と国との関係から犬猿の仲だったパスツールとコッホ。彼らの死後も、第二次世界大戦によって二分したフランスとドイツの関係。多くの血が流れた大戦ののち、フランスとドイツは友好国として手を結ぶこととなります。パスツールとコッホは天国でも犬猿の仲なのでしょうか。

かつてパスツールが残した言葉があります。

科学に国境はない。しかし科学者には祖国がある。

これは言い換えると、

科学者には祖国がある。しかし、科学に国境はないのです。

天国の二人は、きっと手を取り合っているのではないでしょうか。

ということで今回はここまで。有益だと感じられましたらぜひチャンネル登録、高評価をお願いいたします。

それではまた。